ホントの三国志を考える試み。(正史重視)

三国志正史と史実に近い書を主軸に武将を見つめる試み

三国志3 黄巾の乱(蜂起)

◆計画発覚

 

荊州・揚州で兵を集めていた馬元義は首尾よく洛陽に潜入し

宦官の一部から約束を取り付けた。

 

しかし、部下が密告に走ったうえ、

密告した相手が帝直属の宦官であった。

 

霊帝は直ちに何進・三公・司隸を呼び

反乱予定者をあぶりださせた。

 

内通者・潜伏者は捕まり処刑され、

馬元義何進に捕まり処刑された。

 

 

張角蜂起

 

霊帝は洛陽の反乱予定者の誅殺を終えると張角討伐を命令したが、

張角のもとにはすでに内通者から知らせが入っていた。

 

※宦官の張譲のように内通疑惑者であったが

力が巨大すぎて罪を問えないものがいた。

 

 

張角は腹心であった馬元義車裂きの極刑

(異なる複数の馬(牛?)車に手足を繋がれ身体を引き裂かれる)

に処されたのを聞くと激怒し、

2月に繰り上げて蜂起する命令を出した。

 

 

 

・184年2月

張角信徒に黄色い頭巾をつけさせた上で反乱を起こし、

地方の長官を殺して集落を支配下におき、自らを天公将軍と称し、

弟である張宝地公将軍張梁人公将軍と称させた。 

 

 

張角が蜂起すると、

すぐさま張 曼成南陽蜂起し、

潁川でも波才らが呼応して大規模同時反乱となった。

 

 

さらに、反乱が起こると牛角・張 燕が率いる

黒山賊などが便乗して暴れまわった。

 (罪人と山賊によって結成された盗賊集団)

 

 

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