ホントの三国志を考える試み。(正史重視)

三国志正史と史実に近い書を主軸に武将を見つめる試み

三国志

三国志17 賢者の識見

◆187年 涼州 涼州反乱軍は王国を盟主として、馬騰・韓遂が合流し 三輔地方へ侵攻をはじめた。 ◆188年11月 王国は、車騎将軍を自称し陳倉を包囲した。 朝廷は皇甫嵩を呼び出し、左将軍に任命。 董卓と各2万の兵を率いて敵を討てと命を下した。 ◆名将再び 董卓…

三国志16 後漢の忠臣

◆187年 涼州 張純が反乱を起こしたのと同じ187年、 涼州では、涼州刺史耿鄙が治中従事程球に政治を委ねていた。 ところが程球は、 職務を怠り賄賂がなければ全うに取り合いもせず、 おまけに氐や羌族について事実と異なる報告をした。 氐、羌族は怒り反乱を…

三国志15 張純の最後

◆188年 張温が率いる官軍本隊も 張純が起こした反乱軍の討伐に乗り出していたが、 平定することはできずにいた。 188年に入ると、後漢朝廷は、 後漢の東海恭王の末裔である劉虞を幽州の牧に任命した。 ◆徳が武を超える 劉虞は黄巾の乱以前から公平にして…

三国志14 張純の反乱

◆186年 張温が都に呼び出されていると、 反乱軍のリーダーであった辺章が病死した。 辺章が病死すると韓遂は北宮伯玉・李文侯を殺して、 十万余りの軍勢を統治下におき、 隴西を包囲して太守李相如を寝返らせた。 (董卓伝では辺章も韓遂が殺している) ◆白…

三国志13 韓遂討伐戦1次

皇甫嵩が罷免されると、同じく戦果をあげられなかった 董卓はなぜか破虜将軍に昇格したが いまだ成果を上げることはできていなかった。 そのため、董卓は張温の指揮下に置かれることとなった。 出征に際し、張温には執金吾「袁滂」が副将としてつけられ、 盪…

三国志12 涼州反乱

◆184年 11月 張角の軍勢が完全に鎮圧されたころ、 涼州では羌族と盗賊が反乱を起こし、 さらに枹罕の宋建・王国が漢に従属していた 北宮伯玉・李文侯を将に立てて反逆した。 しかし、宋建・王国は金城郡までくると、 金城従事韓約と帰順について話をしたいと…

三国志11 論功褒賞(黄巾の乱)と謀反のささやき

黄巾の乱が平定されると諸将には次々と恩賞が与えられていたが、 荊州刺史の徐璆は 昔、董太后より姉の子である 南陽太守張忠を特別扱いしろとの命を 国益に反することはできないと拒絶し 張忠とその息のかかったものの不正を摘発していたため 宦官と結託し…

三国志10 黄巾の乱(都・宮殿内)

黄巾の乱が始まると宮殿では 張鈞が霊帝に対し、 中常侍に任命された12名の宦官たちが 十常侍という派閥を形成し、 それぞれが列侯となるだけにとどまらず、 一族を各地の地方官に任命し 私腹を肥やしていることが 争乱の元凶である と上奏し、この十常侍を…

三国志9 劉備(若)

◆175年 黄巾の乱の9年前、いとこの劉 徳然とともに後漢の名将 盧 植に師事した15歳の男がいた。 彼の名は、劉備・玄徳。(玄徳は字名) 劉備は盧 植に学問を学ぶだけでなく 乗馬・狩猟・音楽を趣味としこれに勤しんだ。 学友である公孫瓚は物事の説明が上手…

三国志8 黄巾の乱(最後の戦い)

◆184年10月 冀州討伐を命ぜられた皇甫嵩であったが、 冀州の官軍は敗走により士気は落ち込んでおり 張角・張梁の軍勢に苦戦を強いられていた。 しかし、事態は急変する。 乱開始より病気がちであった敵の筆頭 張角が病死したのである。 張角の軍勢は張梁が引…

三国志7 黄巾の乱(豫州・南陽黄巾討伐戦)

◆184年6月 盧植が連行されるころ波才を討った皇甫嵩・朱儁らは 西華へと進撃、汝南黄巾を集めた彭脱を討ち、 その勢いのまま陳郡(淮陽県)でも黄巾を蹴散らした。 すると、豫州刺史となった王允が 荀爽・孔融らを引き連れて黄巾の別動隊を討ち 豫州に迫った…

三国志6 黄巾の乱(盧 植vs張角)

◆184年 4~5月 護烏桓中郎将の宗員を副官とした盧 植は、 諸郡の兵をまとめあげ張角と決戦に臨んだ。 張角は兵が多かったとはいえ雑軍な上、宗教指導者兼医師。 対する盧 植は古今の兵学に通じる後漢の名将で 九江蛮討伐、会南夷の反乱鎮圧と実戦経験も豊か…

三国志5 黄巾の乱(討伐戦潁川)

◆184年4月 朱儁は同じ揚州出身である孫堅に招聘の使者を出して、 潁川黄巾の討伐隊の先陣として出陣した。 開戦すると数で劣る官軍は徐々に押し込まれ、やがて敗走。 勢いそのままに追撃され、皇甫嵩ともども 長社に逃げんだものの包囲される事態となった。 …

三国志4 黄巾の乱(官軍の大将)

◆184年3月 霊帝は何進を呼び大将軍に任命し張角討伐を命令した。 しかし、武帝の時代までの大将軍といえば戦上手であったが、 後漢では外戚(皇帝の母の親族または妃の親族)でかつ 政治権力を持つものがなるような職になっており、 また、政務高官であった…

三国志3 黄巾の乱(蜂起)

◆計画発覚 荊州・揚州で兵を集めていた馬元義は首尾よく洛陽に潜入し 宦官の一部から約束を取り付けた。 しかし、部下が密告に走ったうえ、 密告した相手が帝直属の宦官であった。 霊帝は直ちに何進・三公・司隸を呼び 反乱予定者をあぶりださせた。 内通者…

三国志2 黄巾の乱(序章)

◆頂角が教団を形成した当時 後漢は姜族の侵攻にさらされ治安が不十分であっただけでなく、 貴族や富豪の一部が農地までも支配していた。 農民は土地を借りて農耕したり、奴隷となったり、 故郷を出なければならなくなっていた。 不安を抱く官民の多くは、 「…

三国志1 于吉

後漢の時代に道士と呼ばれる一人の男がいた。 彼の名は于吉。 ※正史に于吉は登場しないが他の書物に登場 ◆後漢後期 于吉が薬草をとりに山に入り、 曲陽の泉水のほとりにつくと、 白い絹に朱の罫を引かれた100巻余りの 神書『太平清領道』を発見した。 于吉は…

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